12/27
青春18きっぷを買って、予定通り、横浜を13:05に出発、熱海、静岡、浜松、米原で乗り継ぎ京都へ。京都からは夜行快速で博多へ。列車の乗りこごちはこんなもんです。
| 路線 | 種別 | 車両内容 | 判定 |
| 横浜-熱海 | 快速アクティー | 2階立て電車(215系)、出だしなんで特になんも感じない | ★★★ |
| 熱海-静岡 | 普通のボックスシート+ドアの前ロングシートの昔ながらの各停用車両(113系?) | ★★★ | |
| 静岡-浜松 | 最もこんでたかな、熱海-静岡と同車両 | ★★★ | |
| 浜松-米原 | 快速 | いすの背がある程度傾いている。ボックスシートと1列だけのが若干。席の間も広くかなり快適。専門的にいうと昔関西で新快速してた117系。 | ★★★★ |
| 米原-京都 | 新快速 | 現在の関西の標準車両(221系?)。進行方向に背の部分を移動できる。当然ボックスシートにもできる。いすの背もある程度傾いている。 | ★★★ |
| 京都-博多 | ふるさとライナー九州 | 機関車がひっぱるやつ。リクライニングが中途半端で席の間が狭い。夜間過ごすには最悪だと思う。14系座席というやつね。 | ★★ |
ふるさとライナー九州はかなり混んでた。指定券を買って正解であった。
12/28
博多 7:30 頃着、地下街にハングル表記がある。もう、韓国はすぐそばなのである。博多フェリーターミナルへ行こうと駅前のバスターミナルへ。船は10:00発なので余裕である。
ところが、休日で国際ターミナル行きの始発バスが8:58発。チェックインは 45分前でターミナルまでは10分ちょっと。これはきつい(まあ、大目に見てくれるだろうけど)。しかたなく、無駄なタクシー出費。
ここの船は最高でも1日2便しかないのに、免税店とかしっかりあり、少なくとも羽田(国際)より豪華。
当時の羽田空港(国際線)は成田空港から拒否られた中華航空専用でキオスクみたいな売店が入口付近にあっただけでした。
ビートル二世号はカブトムシを意識しているだけあって観光船みたい。これで、外国行くのか_(‥ )。
2階の一番前の席の窓側になった。隣の席はヤクザ(容姿、電話内容で判明)。彼の前にあるトイレをみんなバタバタ閉めまくっていた(ただそれだけ)。
船内サービスでキャンディーをくれた、さすがに機内食はない。対馬が間近にはっきりと見え景色は最高。
10分遅れで13:05に到着。横浜からまる24時間。18きっぷと船だけで韓国に着く。
釜山到着後、両替とその後パスポートが見つからないので探しまくり(ポケットに入ってました)時間の浪費。
バッグはコインロッカーが日本並にあるので入れときゃいい、但し、100ウォン玉7枚必要。自動販売機も世界で日本に次ぐくらいある。
釜山駅で今夜の寝台付き列車を予約。トンイルはなし、ムグンファを何とかGET。なお、寝台車は1両のみ、ムグンファは13×2ベッド。
ネッ友がソウルに住んでるのだが、今日会いたいと確かメールに書いてあった。
電話はつながらず...
観光より風呂はいりたかったので、地下鉄で温泉場というとこまで行きマイナーそうな温泉を探す。モギョクタン(銭湯)と書いてあるところでオンソン(温泉)あるか。と聞いたら、ヨギ(ここだ)という。ん~、まあいいか。
200円くらいで、日本のこぶりの温泉?なみ。氷山健康ランド並の所もあるらしい。タオルとかは全部ただでくれた。
夜は西門という釜山一の繁華街でプルコギとビビンバ。ここで、覚えた韓国語を大披露。後に、食事の場面以外での応用ができない事がわかる(-.-)
釜山駅で時代劇を見ながら改札時刻を待つ。やっと、寝台の中に入り、切符と同じ13番を見つける。下段だ。天井が高く広々としている。しかし、にしきのあきら似の駅員にこっちだと13番の上段に連れて行かれる。下段と比べると狭く感じる。値段差が何となくわかる。
この寝台列車は上段と下段の入口が反対(枕元と足下)になっており、日本の寝台(といってもいろいろあるが)のように顔を合わすことはない。
ところがまたもや、韓国語まくしたてられ、別の寝台(7番上段)へ。
どうやら、新婚夫婦が13番の上下になるようにしてくれとたのんだらしい。
そうこうしてる内に出発。日本の寝台同様、上段用の小さい窓がある。ぎらぎらした釜山の夜景が見える。
12/29
熟睡中ににしきのあきらに起こされる。というのも、ソウル 4:44 着である。
ヘソだしルックのおねえちゃんがいた釜山と違い、信じられないほど寒い。
開いてる店を探したが、駅構内にある銭湯だけで、しかたなくこごえる。
あとでわかったことだが、ここはカプセルホテルになってるらしい。
銭湯、サウナ付きで数百円。寝台車やめてこっちで寝てりゃよかったのね(-_-;)
世界で最も豪華なユースホステルへ。それにしても、中心部から離れてるぜ。
オリンピック公園内ということなので同名の駅で降りて地図見たが、正反対側。
重い荷物持って30分くらい歩く羽目に。
外から見ると豪華ホテル、部屋に入ると椅子とかが破れてた。
なお、ユースホステルについてるプールは 有料だそうだ(-_-;)
やはり、ネッ友にはつながらない。韓国は今日も普通の平日なので、無理ないか。
結局、昼間はいろんな所ふらつき、夜はロッテワールドで暇つぶす。
ソウル一の電脳街、竜山にも行ったが、平日だからか活気ゼロ。何世代前かわからないPCが散乱し、店員はトランプとかやっていた。
ロッテワールドでは乗り物の他に、アウストラロピテクスからの韓国人の歴史が見れたりもする。何度も写真(サジン)とってくれと頼まれた。韓国来てから、韓国人に何度も道を聞かれたり、地下鉄のきっぷの買い方まで聞かれた。なぜだ?
夕食は、確か、カルビと石焼きビビンバ。本場韓国の牛肉はすっぱい。日本の韓国料理店の方が日本人向けだろう。
ユースホステルからロッテワールドは徒歩でもなんとか行ける距離なので歩いて帰る。
ユースホステルには日本人のみ、私含めて3人で泊まった。
以下の2枚の画像はGrokとFireFlyで精細化してます。
12/30
朝7時に起床し、ロッテホテルへ。地下鉄の駅まで、徒歩12分、地下鉄で25分。
ちなみに、地下鉄は450ウォン(40円程度)、タクシーでも500円かからないだろう。
このソウル地下鉄、車内で行商するわ、演奏するわ、ビラはもちろん、自分の経歴書くばるわ無法地帯である。
今では考えられませんが、当時はそうでした。
それはさておき、いよいよ目的地、板門店へ行くのである。
集合場所のロッテホテルに行ってみたらみんなその場で金払ってる。日本で金払ったやつなんでほとんどいない。バスで隣に座った人も3日前に予約したと!
バスは2台あり、1号車は英語、2号車は日本語ガイドがつく。もちろん、2号車である。
バスはフィリピン軍参戦記念碑、民間人が行ける最北の町、ムンサンを通り、いよいよチェックポイント通過。ほんとは厳重な所持品検査をするのだが、結局フリーパス。とにかく、もう一般韓国人の来れない場所である。なお、バス内では韓国人のガイドから日本の歴史について学ぶ。
ここを過ぎるとのどかな農村(テソンドン村、通称、自由の村といい、特定の条件にあてはまった人しか住めない。)があらわれる。撮影禁止。住民を見ることはなかった。
しばらくするとバスは停車し、ある部屋に入る。ここで、スライドを見て、ポプラ切断事件※2などについて学ぶのだ。スライドを見る前に、ここで何があってもこちらでは関知しない、などと書いてある誓約書にサインする。また、GUEST UNCMAC と書いてあるバッチを左胸につけることが義務づけられる。
「スライド見ればわかるから早く署名してください」とのアナウンスがある。スライドの内容と誓約書の内容には互換性はないのだが...
その後、バイキング方式の昼食。隣の建物に免税店があり、キムチやワールドカップのキーホルダーなどが売っている。米兵らしき英語チームのガイドがイケてるお姉ちゃんをくどいてた。
昼食後、またバスでしばらく行く。すると、もってたパンフレットと同じような建物が。ついに、板門店に入るのである。
中心はかなり狭いことがわかった。南北会談で使われるおなじみの軍事停戦委員会本会議場に入った。机に向かって写真をとりまくる。「もっと、奥行って」ということで北朝鮮領土内に入る。
この後、「帰らざる橋」及び、北朝鮮の「宣伝の村」、更に北朝鮮のスローガンをながめる場所に行く。現在、北朝鮮領の古都ケソンまで十数キロの所である。バスに乗ろうとしたとき、北朝鮮の兵士がぞろぞろ歩いてるのが見えた。
おちついて見るとそんな面白い所でなかった(当たり前か)。よって、ガイドの裁量がツアーの盛り上がりを左右する。
幸い、ガイドの方はかなり熱狂して、「ここを踏み外すと北朝鮮に落ちて帰れなくなります」とか、在りし日の木曜スペシャル張りに盛り上げてくれた。カムサハムニダ。
当時は北朝鮮領に入るのは韓国観光の一部でした。
盛り上がるといえば、数時間で2割も変わるウォン相場は正にスリリングであった。
ちなみに、胡散臭い?銀行はいったら変な世間話をし続け、ウォンが上がった瞬間に両替しやがった。
さて、東大門あたりをふらつき、ユースホステルへ戻ると、香港の方が1人増えた。
その方は寝てしまったので、他の同部屋の人たちと飲みに行った。養老の滝そっくりの居酒屋へ入った。
ここで、バスとタクシーを使ったが、バスの急停車はハンパじゃなかった。タクシーは夜中のかき入れ時ということもあり乗車拒否が相次いだ。
その中の1人に聞いたが、ソウル→成田 JAL で ¥13,000 くらいだとな。1月1日便を楽にGET。おもわず、空で帰りたいと思う。
12/31
ネッ友に連絡が全くつかないし、ソウルも寒いだけなので、釜山へ豪華バスで戻ることにする。同室のみんなに別れを告げる。行き先によってターミナルが異なるので、昨日、場所を確認し、すんなりチケットGET。
座席は2×1シート、乗りこごちは最高。途中、2回パーキングエリアで休憩。日本と同じ感じである。シャネルのバック持ったお姉ちゃんが、置いて行かれそうになって、パニクってた。釜山市内で渋滞にはまり、20分くらい遅れたかな。
ぶたの丸焼きのそばにある庶民的な食堂でおでんうどんを食べる。日式だそうである。
さて、韓国に来たらオンドル部屋に泊まらなきゃと、韓式旅館へ。
プサンタワー最寄りの南浦洞でしなびた感じのところへ入る。20,000ウォン(¥2000弱)で、6畳くらいのオンドル部屋と大きい風呂がついている。これは安い、決める。
この日、ウォンが2割落ちたので、衝動両替した。TOWER RECORD などで、ポンチャックディスコのテープ※を買う。
※ 安っぽい演奏に合わせて他人のヒット曲をとぎれなく歌い続けるジャンル、電気グルーヴや明和電気とユニットも組むイ・パクサは有名。96年には日本のコギャルに愛された。
なんだかんだしてる内に、時刻は午後11時。テレビも韓国レコード大賞をやってる。
プサンタワーへ急いでいく、大混雑。ちなみに、港町プサンタワーからの景色はすばらしい。
プサンタワーの前に鐘閣という文字通り鐘だけの仏閣?がある。ここの前で、MBCテレビ Presents の行く年来る年ショーが盛大に行われていた。韓国の民族舞踊をただで見る。
いよいよカウントダウン!サム、イー、イル、ゼロ。みんな持ってた風船を離し宙に舞い、鐘は打たれる。
ショー?は最高潮、ここで釜山市長の挨拶。さすがは韓国。気合いのこもった演説である。
演説も佳境に入ったとき、突如、青年が乱入!市長を殴る。さすがは韓国? 市長は何事もなかったように演説を続ける。
1/1
夜中、かゆくて起きる。蚊に刺されてる。近くに止まってたので即やっつけたが、こんな真冬に、新年早々...
10時過ぎにチェックアウト。1月1日といっても大抵の店はやっている。適当に買い物し、路上で売ってる物つまみ、早めに釜山ターミナルへ。
同じく早めに来たおじさん(75歳・バイリンガル)の演説につきあわされる。さっき来た人が「今日のチケットありますか」と聞いたら買えたということだ。
ちなみに、ターミナルそばのインフォメーションセンターで荷物を無料であずかってくれる。
ネッ友とは、結局電話でHappy New Year と話す程度となる。
行きと同じ高速船へ。今度は隣はカタギであった。彼の話によると前乗ったときは嵐のまっただなかで、みんな通路にうずくまり、ゲロを吐きまくってたそうだ。
博多港へつきその人と、飯食おうとタクシーで博多駅へ。着いたはいいがカルチャーショック。正月を思い知る。
その人とはそこで別れ、私は太宰府へ。いやあ、ここは日本だ。
1/2
行きと同じ経路で帰宅。もう、ひざはガタガタである。
実際の旅程は以下の通り
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1997 12/27(土) |
横浜<昼食>-京都<夕食>-(車内泊)-博多 |
| 12/28(日) | 博多<朝食>-(ビートル二世)-釜山 釜山市内観光<昼食・夕食> 釜山-(車内泊)-ソウル |
| 12/29(月) | ソウル市内観光<朝食・昼食>ロッテワールド<夕食>(ユースホステル泊) |
| 12/30(火) | <朝食>板門店ツアー<昼食>ソウル市内観光<夕食>(ユースホステル泊) |
| 12/31(水) | ソウル<朝食>-(高速バス)-釜山<昼食>釜山市内観光&NEW YEAR COUNT DOWN<夕食>(韓式旅館泊) |
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1998 1/ 1(木) |
釜山<朝食・昼食>-(ビートル二世)-博多 太宰府天満宮で初詣<夕食> 博多-(車内泊)-京都 |
| 1/2(金) | 京都<朝食>-藤沢(家へはここの方が近いため) |
この旅行の前にまんがハングル入門(カッパブックス)を読んだがそれが結構役に立った。最低限、ハングルをローマ字に代えて読めるようにしておくとかなり行動範囲が広がると思う。



