●マスゲーム当日(4日目)
1.北からの板門店
ついにクライマックス。昼間は板門店、夜はアリラン祭。
朝外を見ると雨だった…
さすがにこの日は様相も違った。朝ロビーをでると日本の某TV局が待ちかまえている。
バスは出発。いよいよ2度目の板門店である。
とはいっても、「帰らざる橋」の外から訪れるので緊張感は微塵もない。
バスは一路開城方面へ。ところどころ耕されているが何も穀物は生えていない。
妙香山へ行った道よりも赤土がめだつ。というより、耕された赤土なんて初めて見た。
途中に1カ所パーキングエリア?がある。
大した物もなく席に戻るとK安全員が何故か横に座ってきた。
私「どうしたんです。」
K「自習です。昨日見せてくれたガイドブック見せてください。
旅行会社からもらった 日本ではめずらしくもないタイプの本 だが、K安全員は生まれて初めて自国の地図を見るかのように見始めた。
私も自分の知っている限りの知識で解説をした。ちなみにK安全員は地元平壌以外は白頭山くらいしか行った事がなく、今回の開城や妙香山も初めてだそうだ。
ページは歴史年表へ。20世紀より前は大体日本で得られる歴史年表と同じなので、渤海国 などに触れると、K安全員は何も知らないようだ。
私「朝鮮では自分の国の歴史は学ばないのですか。」
K「私は日本語学科だったので学んでません。」
私「それは大学の話でしょ。普通もっと前に学ぶんじゃない。」
K「あなたは大学では何を専攻していたのですか。」
私「大学は工学。日本では中学の時に朝鮮の歴史も中国の歴史もちゃんと学んでいるの。テストにもでるし。」
K安全員は何か関心し、その後自分の学習帳を見せてくれたが(テレサテンの「時の流れに身を任せ」や単語帳を見せてくれた。
単語帳には”取らぬ狸の皮算用や、じじい、などの単語があった)、板門店帰りの開城おみやげ屋を機に何故か来なくなってしまった。話しても避ける感じ。
実はこのおみやげ屋で、K安全員と私が遅れてしまい、バスが発車した後に追いかけて乗り込む形になった経緯がある。怪しく思われたのだろうか。遅れた理由は、上のバッジを買う際に店員が手間取っていただけなのだが。
話を旅行に戻す。
雨の中、まず板門店総合講義室という所で降りる。以前はチェコやポーランド軍が進駐していたと言われる所だ。模型を見ながら説明を聞く。とはいってもアメリカが一方的に戦争をしかけたとかの内容なので興味はそそらない。
ここにも売店があるが、ワンパターンのおみやげばかりだ。ゲートを見ると、両側に大きな石が置いてある。添乗員さんによると、もし南軍が攻めてきたらこれを落として道を阻むとの事だ。
いよいよJSA(非武装地帯)へ。バスに護衛?の兵士が乗ってくる。そして停戦談判調印場へ入る。
ここの隣りに展示室があるが、正面奥に金日成主席の大きな肖像画、右に行くと一番奥の壁一面に赤をバックにした金日成主席の顔が…
またバスに乗り暫くすると、韓国で反対側から見た「板門閣」の文字が。
ついに到着。
板門閣の前に立つ。板門店側に向かってなぜか自然完治したカメラで写真を撮る。
顛末ですが、壊れた直後はシャッター動かず、昨夜分解した時はシャッター押せたがレンズが出ず。レンズを強引に出した程度で放置してたら、今朝レンズが動くようになり板門店に着く頃には完治^^;
板門店には韓国軍兵士もいる。
肌や体つきが北の方よりも日本人っぽくって親近感を覚える。双眼鏡でこちらを見て首を傾げているが、後で聞いた話によると、韓国側と時間が重ならないように連絡はしているとの事。
板門店会議場へ入って説明を聞「今我が国が分断されたのには日本にも責任があります。もし、日本が我が国を侵略しなければおそらく分断される事はなかったでしょう。なので日本人はこの現実を認識し、統一問題には一切、手出ししないで下さい。」。
韓国側から行った時(5年前)のガイドさんは「(北朝鮮とドイツのように統一したら経済破綻は間違いないので)連邦制を目指しています」といっていたが、今回のガイドさんは「北は社会主義、南は資本主義という現状を踏まえ1国2制度を目指しています」といっていた。
首都や政府機関をどうするなどの話はあるが目指している所はそんなに遠くないのかな、とも感じた。
会議場の窓から韓国の兵士が食い入るように中を覗いている。やはりほぼ女性を見ていた^^;
2.いよいよマスゲーム
板門店を後にし、開城へ。期待していたのだが、アリラン祭で時間が押しており、昼食と歴史博物館に立ち寄る程度となった。
余談だが昼食の時、添乗員さんに(北)朝鮮でもポシンタン(補身湯、犬肉のスープ)はあるのですか?と聞いたら「一般人の入る店ならどこでもメニューにありますよ。こちらではケチュ(犬汁)といいますね。」との事でした。
ごく一部の舗装道路は荒れ、建物の塗装は剥がれたまま、瓦も崩れかけており、平壌とは雲泥の差だった。人口40万→20万と急落しているそうだが、それも分かる。
この頃になるとツアーメイトは大体打ち解け、社員旅行の雰囲気になっている。妙香山や板門店へ行く間はバスでは現地のビデオが流れる。
テリー伊藤の「お笑い北朝鮮」でも紹介されている、ポチョンポの遊園地やら水着姿のお姉さんがでてくるビデオも流れた。
H先輩曰く「これどこで作ったビデオなんだよ。この国にこんな施設作る技術力あるわけないだろ、ははは。」観覧車あったじゃん…
夕食は韓国の隅田川、大同江を遊覧しながら食事。初めは動かないという話だったが、30分後に動き出した。デッキにでて平壌市内を見渡す。韓国の人も同意しているのでいうが、景観はソウルの漢江から見るより非常に美しい。
20時開演21時30分終了。
最後に。
という訳で「近くて遠い国」へ遂に行ってみる事ができた。色んな時代の北朝鮮旅行記と比べても最善の状態じゃなかったのではと思えます。
本当にバラエティにいろいろ楽しめました。祭りが終わったらどうなるかわかりませんが、[アメリカや日本と敵対している国=そこの人も危ない]という事はないだろう。
逆に、通行人まで何でも写真やビデオに撮る日本人の方が異常としかいいようがない(^^;)。
それでは、ヨロブンチョンマルコマスミダ。